2000 年代以降、カメラ付き携帯電話の普及やデジタルカメラの低価格化は、カメラで何
かを撮影するという行為をそれまで以上にありふれたものとした。2010 年代にスマートフ
ォンが普及しこの傾向はさらに強まり、アプリによる多様な撮影機能の利用やSNSでの写
真のやり取りが一般化した。このように、撮影行為自体のあり様も急速に変容している。
荒川(2005)は、大学生の日常生活を対象とした半構造化インタビュー調査により「人が
なぜ写真を撮るのか」を明らかにし、モデル化した。その結果、撮影行為は今の時間への「楽
しさ・永遠には続かない予感・忘れる不安」の3つの直接的な要因に基づき、「思い出を残
したい」という「思い出欲求」と、「状況の一面を強調することで戯画化したい」という「現
実戯画化欲求」の2つからなることを示した。しかしこのモデルにおける欲求の背景には撮
影者自身の意識だけが反映され、被写体への意識については含まれていない。
そこで本研究では、今日における撮影行為の変容と、撮影行為に関わる2つの欲求を踏ま
えた上で、撮影行為の目的を、被写体に対する意識を軸として明らかにする。調査は大学生
を対象とし、5名へ複数回の半構造化インタビュー調査を行った。
調査の結果、人物等を被写体とした場合に生じる思い出欲求の直接的な要因として、荒川
(2005)が挙げた3つに加え次の2点が明らかになった。1つは、「仲がいい」「可愛らしい」
といった撮影者から被写体への「好感」、もう1つは「迷惑にならない」「嫌われない」など
撮影者が被写体へカメラを向けることに遠慮する必要がないという「気安さ」である。この
うち撮影者が被写体へ「気安さ」を感じない場合、他の4つの要因を感じても思い出欲求が
生じない。さらにこれが逆転し、撮影すること自体を「好感」や「気安さ」の表現とした撮
影行為が存在する。
また、思い出欲求と現実戯画化欲求が一体となった撮影行為では、撮られる「思い出」は
アングルの工夫や撮影アプリによる加工、撮影後の取捨選択等の「戯画化」を通じ、撮影者
の普段置かれている状況とは異なる情景へ美化される。美化には撮影者の「こうありたかっ
た」という欲求を反映し、特に被写体が人物等である場合、撮影者のライフストーリーとそ
れにおける「心の許せる相手に囲まれていたかった」「ドラマチックに生きたかった」等の
欠乏感が影響している。
以上より、2つの欲求が一体となった撮影行為は、撮影者が親しみを持つ被写体との思い
出を、戯画化した写真に収めることを通じ、自身の現実をよりよく補うために行われている
ということを明らかにした。さらに、これを荒川(2005)のモデルに組み込み、それを精緻
化した。
(指導教員 後藤嘉宏)